Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

世の中タダが喜ばれる、でも・・・

 このごろは非営利団体、いわゆるNPO法人という言葉も一般化した。非営利だからといって、まったくタダというわけではなく、営利目的ではないということで、実費程度は徴収することは可能だ。ちょうど昨日の信濃毎日新聞「月曜評論」にこのNPOと営利目的の事業について扱った記事が載った。直接NPOに世話になっているわけではないし、また、NPOとして活動しているわけでもないので詳しくはないが、営利と非営利、加えて記事でも触れられている公益事業という枠は、一般人に詳細はわからない。
 最近自治体が金がなくなり、自治組織とか、受益者が自ら手足を動かして行なう、自営の工事というものが増えている。記事は福祉畑の方の意見であったことから、こうした工事のことは触れられていなかったが、かつて、小さな工事でも土建屋さんがやっていた工事が、地元施工として地元の人たちが直接手を出して行なう工事が増えた。工事だけではないだろう。さまざまな部分で、自治体が銭を出さなくなった分、ボランティア活動が担うようになった部分が多い。そして、銭を出す事業にしても、安さが第一だから、よき時代に比較すれば、倍やっても見入りは半分なんていうことだって不思議じゃない。ボランテイァがただてやってくれれば、それにこしたことはないが、では、かつてそうした作業で銭を稼いでいた人たちは、仕事がなくなってしまってどうなるんだ、ということになる。記事では、公益性の高い事業と、営利事業の区分について「公益的事業として営利企業と競合する性質を有する事業活動等を行なわないこと」と政府の見解を記しながら、現実的にはその領域の区別は曖昧だと述べている。考えてみれば、ひとつの事業を行なうにも、まったくのボランティアもあれば、NPOが扱うもの、公益法人が行なうもの、企業が行なうもの、とさまざまである。
 税収をあげるためには、営利事業にできるものはなるべくそうしたい。しかし、銭がないなら、ボランティアにしたい。相反するが、こうした区分が、その背景を重視したものではなく、財政面だけで述べられているとしたら、どの区分に割り当てられたとしても納得できない。役所が人が余って、住民サービスを向上すれば、結局銭をもらって代行していたような事業主は痛手である。そうやって考えてくると、地方自治の歳入歳出というやつも怪しい。
 ようはみんなタダにしちゃえば、支出は減る。収入が無いならタダにしろということになるが、実はそこから自治体の職員の給与は出ない。やはり堂々巡りで結論は出ない。でも、自治体の周りから、すっかり黄金色は消えてしまう。それならそこにはびこっていても仕方がない。でも地方ってそういう姿がなくなっちまったら、人もいなくなっちまう。

 

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