Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

2016-02-01から1ヶ月間の記事一覧

要介護者の口の中のことについて

すでに4人にひとりが65歳以上という時代に入っている。長寿国日本がそのまんま老人大国となって、今までには考えられなかったようなことで悩まされるようになる。そもそも生産をする人生ではなく、消費する人生とばかり、人々は非生産性の暮らしにはまり始…

御柱祭曳き綱造り・中編

御柱祭曳き綱造り・前編より 御射山神社に奉納された曳き綱 御射山神社については社伝によると、建暦元年(1211)船山城主だった片桐小八郎為安が大和国三輪より大巳貴命(おおなむちのみこと)を遷座したと言われ、後に建御名方命、事代主命を勧請したと言…

御柱祭曳き綱造り・前編

この日記を始めてから地元の御柱祭は2度目になる。ちなみにここに暮らし始めてからは4度目を数える。紐解くと御柱祭のことは日記ではあまり触れていない。「御柱」といえば、むしろ道祖神の御柱のことをたびたび記録してきた。大掛かりな祭りであることは…

“今ではお目にかかれないモノ”13

“今ではお目にかかれないモノ”12より “今ではお目にかかれないモノ”11において三重県大王町について触れた。同じ三重県伊勢市のパンフレットは、昭和58年に入手したもの。33年前のものである。A5版、表紙を除いて18ページのもの。何度も触れている通り、女…

他人ごとではない

先日会社の車でお客さんのところへ届け物があって向かった。地方だから幹線以外はほとんどの道はセンターラインがない道。その道もそれほど広くはなく、利用者は限られるが、それでも幅5メートルほどあるから普通車なら減速もせずに行き違いできる。緩やか…

こんなの、売り出すな

「吉鍋」ってご存知だろうか。吉幾三が考案したと言われるものらしいが、正式には「ホルモン吉鍋」と言うらしい。名称使用の許可を得て、飯田下伊那特産の野沢菜漬けと高野豆腐を必ず使用するのが条件で「吉鍋」を売り出している。 先日、その「吉鍋」という…

ムラのウチの南北意識

泰阜村のある課長さんと飲む機会があった。その方の名刺の背面には次のように書かれている。 「泰阜村という村名の語源は?」 当初地域の地勢から豊岡村との村名を県の指導により漢詩の『泰山丘阜』から現在の「泰阜村」と命名、「泰」という字は「水路を自…

「乙女の滝」を訪れて

仕事の関係で諏訪の坂本養川(ようせん)が企てたという水路を訪れた。坂本養川、その名は諏訪の人々にはよく知られているのだうが、ほかの地域の人々にはマイナーな存在だ。歴史上水路を開削したという存在は数多い。県内では何といっても五郎兵衛用水が知…

終の棲家

わたしにも慣れが来てしまって、老健に入所したままになっている母について「これでいいか」と思うようになってしまっている。当初はそもそも施設が「家庭への復帰を目指すために、医師による医学的管理の下、看護・介護といったケアはもとより、作業療法士…

生坂村宇留賀本村、才光寺の道祖神

本村道祖神、背後の道が「山道」 才光寺道祖神 生坂村会をさらに旧八坂村方面に向かうと、宇留賀本村に至る。旧八坂村を経て大町市に向かうこの県道沿いに集落は展開していて、奥まったところまで家々が点在するということはない。本村から旧八坂村境の才光…

人より前に出る、出たい

伊那市川北町にある国道361号と通称「春日街道」と言われる道が交差するトライアングル地帯のことはずいぶん昔に記した。市街地から権兵衛トンネルに向かう際に先行して登場する「川北町」信号と、次の「沢尻南」信号、そして春日街道にある「沢尻」信号、当…

生坂村会の道祖神

生坂村は人口1800人ほどの小さな村だ。素朴な行事が残っていると思い、いくつかの行事について村に紹介したのは、もう30年近く前のこと。その中のひとつ雲根の腹の神送りを訪れたのは昭和62年の夏のこと。このことは「腹の神送り」で触れたし、ホームページ…

あらためて初心を伝える時なのかもしれない

「救い出された地域の記憶」は昨年10月24日から12月6日にかけて長野市立博物館で開催された企画展だという。そもそもつい先ごろ同博物館の方から、県北部の白馬村や小谷村を中心に大きな被害を出した神城断層地震における被災後の文化財レスキューに関して…

“今ではお目にかかれないモノ”12

“今ではお目にかかれないモノ”11より 昭和54年11月5日、初めて秋山郷へ入った。秋山といえば秘境と言われ、縁遠い南信の生まれのわたしにも名前ぐらいは知っていた。もちろん仕事で入ったのだが、当日のことは「雨で何も見えなかった」と日記に記している。…

静電気化の先に

静電気といえば冬に意識する典型的な季節病のようなもの。何よりそれを体感するのは車なのたが、わたしが日常的に利用している車はとりわけ静電気でパチッとやられる。先月、その車で少し遠乗りをした。寄り道をしたので目的地までの間、あるいは帰路にもた…

冬の景色

まだ野が青々としていたころはその景色に圧倒されたのに、この季節に行くとまったく一面変化がなく見える。冬は野を一様に見せ目る季節だ。「圧倒された」とは、荒地のことである。青々としている季節に行けば、その荒廃ぶりに唖然とする。荒地ばかりではな…

異世界

妻は頻繁に「同級会」と言って地元の女子会に忙しいながらも顔を出していたが、このごろは愚痴が多い。原因は自分は日々父母の介護に明け暮れているというのに、同級会で会う仲間があっけらかんと、介護すべく父母を人に預けて遊び歩いているからのこと。愚…

溝の中

昔はこうじゃなかった、ということはいろいろある。たとえば中央道を走る。運転しているときはそうも思わないが、乗せてもらっていると、周囲が見えないのが鬱陶しい。いわゆる防音壁というやつ。全通したのはもう30年ほど前のことだが、防音壁というものは…

“非正規”という不幸

“回想”より 非正規労働者と正規労働者が同一業務をしているのに待遇差が生じていることに対して、国が対策を講じようとしていることは承知のことだが、雇用する側雇用される側はそうした待遇を認識した上で採用し、採用されているからそもそもの社会構造によ…

人には見られたくない

人には見られたくない部分というものがある。もちろん裸を見られるのもそうだが、意外にふだん見せている部分で見られたくない場所がある。「足」である。足って意識として遠い部位だから、管理を怠ってしまうもの。加えてわたしの場合は、若いころは水虫と…

「長野県民俗の会」発会余話

田口光一先生が長野県民俗の会草創期に倉石忠彦先生へ送った手紙のことについて先日触れた。松本市立博物館の倉庫にあった書類の中から見つけたものであるが、それらの中に当時の発会にかかわる文書や総会資料もあった。昭和45年12月21日に当時の中心的な存…

石仏に彩色するということ[26]

石仏に彩色するということ[25]より 県道天竜公園阿智線は阿智村と泰阜村を結ぶ道である。下條村の幹線道路である国道151号と、伊那谷の動脈であり名古屋へと結ぶ国道153号線を連絡する道路で、現在下條村親田と阿智村の村境で道路整備が行われており、まもな…

口約束

少し前の会社での飲み会の席でのこと。同僚が「あいつとは会話もしないから、昔から犬猿の仲だと思っていた」、と言う。確かに顔を合わせても挨拶すらろくにしないほどの仲である。しかし、かつて親交があったときの内容を語りだすと同僚は驚いていた。会社…

田口光一先生と、長野県民俗の会

もう10日ほど前になる、田口光一先生のお宅へうかがったのは。昭和4年生まれという田口先生は、4年ほど教員をつとめられたあと、家業を継ぐために家に入られた。聞くところによると、好きな民俗学の研究を続けることを条件に家業を継いだという。以前、「…

福俵を伴う御柱

豊科新田 豊科成相 堀金田尻南木戸 新年になってから長野での会議後や、野沢温泉に行った帰りに立ち寄った御柱についていくつか触れてきたところだが、少し時期を逸してしまったが、ここに残りの事例も取り上げておくことにする。 「旧穂高町柏原倉平の御柱…

鳩車も作る“道祖神まんじゅう”屋さん

野沢温泉の道祖神祭りを訪れて⑧より 翌16日朝、道祖神場を訪れると、大勢の人たちが社殿があった場所に集まっていた。みな餅をを焼いているのである。小正月の火祭りでよく言われるように、餅を焼いて食べると風邪を引かずに1年間健康で暮らせる、と言われ…

本当の意味での事務局移転

昭和53年2月20日に発行された「長野県民俗の会通信」24号に「会報の発行について」という記事がある。いわゆる原稿募集記事であるが、誌名について意見を求めている。“「長野県民俗の会会報」「長野民俗」など誌名をお考えください”と。次の25号(5月10日…

至福の時

ただでさえ寝床に入って眠る時間が少ないわたしには、「フトンに入ったらしっかり寝る」が求められる。ようは寝つきが悪いと寝ている時間がますます短くなってしまうからだ。例えば新聞屋さんがやってくるころに寝ると、もはや焦りさえ感じてくる。当然だろ…

野沢温泉の道祖神祭りを訪れて⑧

野沢温泉の道祖神祭りを訪れて⑦より 火が入る 社殿炎上 初灯篭が火に入れられる 見守る観衆 最後の初灯篭が火へ いよいよラストへ 社殿落下 おわりに おとなの火つけには、初灯篭を奉納した関係者も加わるという。攻防戦の末、松明が尽きれば火が入れられる…

野沢温泉の道祖神祭りを訪れて⑦

野沢温泉の道祖神祭りを訪れて⑥より 火元が間もなく着くころの道祖神場 火つけの始まった社殿 おとなの火つけ 攻防戦の終盤 火つけ 火が道祖神場に着くと、一斉に灯が消える。午後8時30分ころのこと。着いた火は社殿から50メートルほど離れたところにある火…

 

お読みいただき、ありがとうございました。