2013-01-01から1ヶ月間の記事一覧
あすは1年ぶりのドックだ。問診の中に二十のころから比べて10キロ以上体重が増えたか?というものがある。これに該当するようになった。あのころは55キロにも満たないほどだったが、今はその10キロ以上重い。人に比べればそれほどじゃないかもしれないが、…
以前お世話になった博物館の方から次のような問い合わせがあった。 東京の○○新聞の方から、自転車を降りて前方へ進ませる動作について、信州や北陸では「自転車を押す」と「自転車を引く」の両方を使っているそうなのですが、自転車を「引く」と表現するのに…
近年、日本では市町村合併が進み、小さくても素晴らしい地域資源を持つ村の存続や美しい景観の保護などが難しくなっています。私たちは、フランスの素朴な美しい村を厳選し紹介する「フランスで最も美しい村」活動に範をとり、失ったら二度と取り戻せない日…
昨日は久しぶりに天竜峡駅に行った。とはいってもわたし得意の電車で行ったわけではない。仕事で現場に行く際に、待ち合わせ場所として天竜峡駅にしたためだ。午前8時ということもあって、人通りはない。駅前の八百屋さんが店を開いていたが、昔と違ってす…
東日本大震災による被災者が土葬ではなく火葬にして欲しいといって、一旦土葬にしたものを掘り返して火葬にしようとしていることについて以前触れた。このことを指摘された福澤昭司氏は、このほど「長野県民俗の会通信」の233号に「土葬と火葬と」の「その後…
今年も失敗してしまった。昨年の見事な失敗の経験が、まったく失われていた。 今週末に人間ドックに行く。その際に誰でもそうなのだろうが検便というやつを持参させられる。この検便の話である。「正しい便のとりかた」という説明書通りにやったら完璧に失敗…
葬儀を知る・前編より ④「浄めの塩」については次のような解説がある。 葬場より帰った時には塩を体にふりかけてオケに入った水で手を洗う「きよめ」の習慣があります。 浄めの仕方は地方によってまちまちですが一般的なやり方は玄関先に水と塩を用意します…
先ごろ葬列の配役について触れたが、それらがどういう意味であるのかについては説明を書かなかった。葬儀にかかわる用語についてここに少しまとめておきたい。さまざまな事象の解説を受けることによって、葬儀にまつわる所作全体が、葬儀(葬列、あるいは葬送…
今日の朝方も氷点下10゜に迫る気温だった。昨日の雪がサラサラ状態のまま凍ったこともあって、固まることもなくそのままだ。外に連れ出したシロは、雪の中に進んではオシッコを繰り返す。きっとお腹はびしょびしょになっているだろうと抱きかかえると、意外…
金曜日の夜から降り出した雪は、土曜の朝、10センチ余となっていた。この冬何度目のまとまった雪だろうか。確かに今年は雪が根雪のようになって消えない。1月を前にして降った雪もそうだが、ようやく消えたかと思うと降る雪。そしてこのごろは消えもしない…
最近「終活ノート」なるものを書きはじめた。「書きはじめた」というのは正しくない。データ化し始めた。もともと住所録や自分の綴った、あるいは発表したものはデータ化して一覧化していたが、それをしたのは6年ほど前のこと。その後のデータ更新と死んだ…
伊那谷という所⑭より 「伊那谷を語ろう会」も第7回会議まで至るとそれぞれのスピーチがほぼ終わり、「いよいよキーワードというところに入ってきて、基本コンセプトからキーワードへと移る」ことになる。それぞれのスピーチによってそれぞれの思いが語られ…
先ごろ寒中見舞いを出そうと思って葉書の印刷を始めたが、数枚印刷してから印字しなくなってしまった。いわゆる純正のインクではなく、補充式のエレコムのインクをずっと使っていたのだが、インクを補充すると垂れることがよくあった。こんな調子だから機械…
遅い新年会の日、暖かい雪が静かに降っていた。翌日の今日、ずいぶんと春めいた日差しがあたりに降り注いだ。なかなか消えなかった雪が少しばかり消え、3月を思わせるような景色。寒さが早くやってきたが、春も早くやってくるのだろうか。 そんななか駒ヶ根…
吉田保晴氏は、鳥に関わる方言や俗信を取り上げて「民俗の窓を通して」と題する記事を『伊那路』(上伊那郷土研究会)に連載している。その17回は「伊那谷のカラス」(『伊那路』665)であった。これまでの吉田氏の同シリーズ中でも、特別ページ数を費やした「カ…
葬儀のこれから⑨より 「容態が悪化して「様子がおかしい」となると、枕頭に不在の近親や隣人を迎えに走る者、医者の所へ駆けつける者、それぞれ自発的に当るが、この場合、なるべく病人と血縁の遠い近所の人や、子分になっている人達があたる」(『長野県上伊…
葬儀のこれから⑧より ここまで葬儀そのものについて触れてきた。とくに葬列を組まなくなったことで葬儀全体の構成はもちろん、その意識すら変えてきていることに触れたいと思った。もちろんその要因として葬儀を葬儀場で行うようになったことがあげられるわ…
政権交代によって、すっかり元の鞘に収まったがことくかつての手法が復活している。というか、きっとかつての手法の方が分かりやすいということはあるのだろう。例えば陳情するにも相手のいない陳情など無意味なもの。それくらい受け側にも確たる支えがなか…
葬儀のこれから⑦より 葬列を組んで行く先は埋葬するための墓地、あるいは墓地を寺に持つ人たちには寺となった。したがって引導は墓地あるいは寺で渡された。しかし葬列を組まない以上今は斎場で渡されるようになった。とすれば葬列を形ばかり組む必要もない…
いわゆる「寒中見舞い」をするような季節の大雪は、なかなか解けないもの。先ごろ降った雪は積雪で20センチほどであっても、田んぼに降った雪がなかなか消えず、いまだに雪国のように真っ白な世界を見せている。現場に行ってもさらさらの雪原の中では、車で…
「鎧坂に長野が迫ってくる。広島に迫ってくる。さあ長野ここで逆転だ」と聞いたときに目を疑った。今日行われた都道府県対抗男子駅伝、猛追による接戦を制した兵庫が、長野と同じ5回目の優勝を飾って1分余ほど経ったときの出来事だ。7区に中継された際の…
休日の役場を訪れ、印鑑証明をもらってきた。久しぶりの役場は模様替えをしてまるで保育園にでも入ったような雰囲気。聞いてはいたが、「生まれ変わったそれぞれの顔」とは言うものの基本的に行政の窓口に変わりはない。きっと民間の営業窓口を倣っているよ…
葬儀のこれから⑥より 前回示した上伊那における葬列の役付け一覧について少し触れてみよう。 4地区ともに共通しているものもあれば、異なるものもあげられる。例えば大旗は南部にはないがそりのほかの地域ではいずれも本家が持つものとされている。位牌や枕…
停まった駅の遠方に、懐かしい看板が点っていた。もちろんむかしの看板とは異なるが、そこに書かれた店の名は、かつて父と訪れたことのある店の名だ。父と外食したことなど記憶にない。ただこの店は父の働いていたところで、年に1度、新年会か何かをしたと…
今年は年賀状を出さなかった。というより正月が明け、「年を越せるかどうか」と言われた父が年を越したことから、届いた年賀状を見ながら妻と「年賀状をどうしよう」という話になった。そこには息子もいたのだが、いつもはあらかじめ用意するはずの妻も、今…
葬儀のこれから⑤より 葬儀社から渡された葬列の配役を前回示したが、葬列に組まれる役はどこでも同じというわけではない。おそらく葬儀社でもこのあたりでの一般的なものとして示され、我が家ではそれに沿って配役していったわけで、こちらからこうでなくて…
伊那谷という所⑬より 上下伊那という範囲でひとくくりにしようとするのは意識過剰というもの、と言われそうであるが、それでもあえて上下という対比は常日ごろの意識に育まれる。同心円状の生活空間があるとすれば、そこからエリア外とは一線を隔すのがごく…
仕方の無いことではあるが、毎度のこと雪が降ると道の端に凍りついた雪が固まって残り、歩くものには迷惑この上ない。なにより車優先だから仕方ないのだが、都会にあってはこうではないだろう。 そんな道の端の固まりは、車高の低い車にも迷惑なもの。常日ご…
伊那谷という所⑫より 前回武井氏さんが語られた「見ている山が違うから考え方が一緒にならない」という言葉を紹介した。武井さんは加えて次のような発言をされている。「それは逆に言うと、それだけの独自性があるということだと思うんです。だから伊那谷に…
珍しく大雪が降った。といっても20センチほどだから「大雪」と表現してよいものかどうか。もちろん地域によってそれは異なる。数センチでも大雪と大騒ぎになる東京と、このあたりではまったく異なる。 予想通り、朝方電車の運行状況を確認すると、遅れあるい…