2009-02-01から1ヶ月間の記事一覧
古い時代のあるお客さんの資料を紐解いている。誇りまるけで雑然と置かれていた蔵の中から古い資料を取り出した。その資料をくるんであった新聞を見ると、昭和35年11月1日とある。わたしがこの世に生を受けたころのものである。それ以来一度も紐解かれた雰囲…
対のホームに電車を待つ高校生が並ぶ。地方だけにその数はそれほど多いものではないが、数えられるくらいの高校生の手には、ケイタイがある。どれほどだろうと数えていく。約半分の高校生は電車の入ってくる間際までケイタイに釘付けになっているそれぞれが…
8月7日午後3時と記録してあるが年代は記されていない。年代を推定できるようなものは、誌に書かれた内容くらいである。次の誌は、いつのものとも知れないノートになぐり書きされたものである。おそらくわたしが高校時代のものだろう。 「孫」 毎日テレビの前…
久しぶりに高速道路を走る。本当に久方ぶりというよりも1年ぶりくらいかもしれない。自家用車に乗らない、遠出もしないという状況では当たり前なのだが、久しくそんな暮らしをしていたせいか、高速道路を走るのに少しばかり怖さが伴う。時間に余裕があった…
昨日は社内の内部品質監査なるものがあって先月以来という伊那谷からの脱出であった。行動を示すという面ではすっかりさまざまな集まりにも出席しなくなったわたしは、経験からくる無意味さをつくづく感じている。それでもそういうことを実践することは、自…
いかにも闇は明るいものでもない。暗いのは当たり前である。そんな闇の中に、灯りはとてつもなく先を予言する光明である。しかしその明かりも、車の灯りであれば、過ぎ去っていく速さは、またとてつもなく早い。我がほうが歩いていれば、その去り方はとても…
沖縄ではトーカチ(88歳)の祝いの前夜カタチヌメー御願をしたという(『日本の民俗 12 南島の暮らし』)。その風習についてこう書かれている。「この御願は家族だけでおこない、二番座に当人に死装束をさせて顔をタオルで覆い、手を組ませて西枕にして寝かせる…
電車に乗っていたら後部座席の女子高校生がおもしろい話をしている。まず始まったのはチューインガムの美味しい食べ方というものである。日本チューインガム協会なるところで美味しい食べ方というものを紹介していて、それによると噛んでいて美味しいのは3…
曇天の空のもと、いつになく子ども達の声が大きく聞こえた。いや、曇天だからこそ、声がよく聞こえたのだろう。今朝は家を出てすぐに後方から女の子の大きな声が聞こえた。すると前方にいた女の子が同じように大きな声で言葉を返した。時間的なこともあるの…
■「昔話の景色」より 昔話に疑問を持ち始めると、それはいくらでもある。なせ子沢山な時代だったのに「子のいない」家庭が一般的なのか、なぜこれほど似たような話が、今のような情報化時代でもないのに伝わったのか、そしてその話に細かな相違点はあっても…
野はすっかり春の様相で、その進み具合に野の仕事も早めに手をつけなくては、と思うもの、日は過ぎ、もはや2月の最終週を迎えた。予想通りの2月の過ぎ方に、これほど予想通りでは何もつまらない、などと日々を追いやっている。休日だと言うのにコタツに座…
人を殺したからといって、その償いなど被害者はなんら感じるところはないかもしれない。どれほどその態度を示そうと、それら報いというものはない。それだけのことをしのだから当たり前のことなのだ。だからこそ、形ばかりの償いの表現でも世の中は望むのだ…
悩みの多いのは麻生総理と同じなのかもしれない。一旦リセットしたのに、日々をおくるうちに、元通りになってしまったという印象は、国会議員が最も感じていることなのだろう。顔を変えることで選挙を有利に戦うという目論見は、とうにしぼんでしまって、元…
昨日は電車に乗ると、以前お世話になって退職された先輩が乗車されていた。一年ぶりに見る先輩の顔に、昔と変わらない元気な笑顔を見て、自らに諭されるような時が訪れた。もちろん最初に出る言葉は、仕事の状況である。すでに先輩が退職されて10年近くにな…
倉石忠彦氏は「昔話と家族」(『信濃』61-1)において、昔話に登場する人物の背景は「欠損家族」のケースが多いと述べている。簡単にいえば何らかの不幸を持ち合わせている環境といえ、子どもがいない、とか独り身であるといった具合にかつての家の継続を前提…
少しリニア問題が静かになっているが、直線ルートを迂回させることによる工事費の増額は1兆円規模だといわれている。この1兆円を国が負担すればJRの負担にはならない。あとは迂回することにより損失が出るのかということになるのだろうが、とりあえず建設…
「兄弟の在りか」においてその所在における差をどう自分に納得できるか、そしてどう相手を思いやるかということついて触れた。ときに思いやりとは「何」、と問うことにもなる。交易を日々繰り返し、さまざまな顔を見、さまざまな関わりの術を養っている人た…
道を渡ろうとすると、すぐそこに車がやってきていた。慌てて走って渡ったのだが、まだ車までそこそこの距離があったので危機一髪というほどのことではなかった。けして左右を確認しなかったけではない。視界に捉えた道路上には車はないと判断したはずである…
昨日の新聞スポーツ面には「侍ジャパン」という文字が大きく見出しとなっていた。よく言われるのが、なせジャパンの頭にこうした装飾語が添えられて呼ばれるかというものがある。北京オリンピックの際も「星野ジャパン」という言われ方がして、そうした呼び…
電話で初めての人と仕事の対話に入った。「それはできませんね」と言うといきなり怒り出し相手は、まさに説明足らずの人である。こちらも説明不足なのかもしれないが、「出していただいた資料では必要ないと捉えられる」と言うと、わたしの手元にある資料が…
乗車する駅から二つ目の駅まで、乗ってしばらくたってその二つ目の駅に間もなく到着と言うときに我に返ってその位置を認識した。「もうずいぶん前に乗ったような気がする」というのは考え事をしていたせいだ。それほど時間が経過していたというわけでもない…
平成2年のことだから今から19年前である。上伊那郡辰野町の横川をさかのぼった集落へ入った際に、選挙に向かうお年寄りに出会った。わたしはそこで道祖神の写真を撮っていたのだが、その場の雰囲気に溶け込むようなおばあさんたちであったことは言うまでも…
もう何年か前になる。同好の人たちのためにといろいろ働いても、結局自分のには得するものはなく、人が得を重ねていくことに対して、兄と大喧嘩をしたことがあった。なぜ兄と喧嘩になったのかは、その事例の相手が兄と同じ会社で働いていた人だったからだ。…
自らがそういう環境の近くに住んでいないと意識などそんなものだと思うことはよくある。最近伊那市以北の水田地帯を歩いていてあらためて思うことは、送電線の鉄塔がけっこう多いことだ。ちまたにはこんなに送電線が、それも里を走っているという意識はなか…
先ごろ古家晴美氏の「自然と食のイデオロギー」(『日本の民俗4 食と農』2009/1 吉川弘文館)に触れた。同書の中に紹介されいている事象でいくつかなるほどと思わされる部分があったので、少し触れてみることにする。 田中宣一氏の「米の配給制は、都市部では…
以前はいつものように帰路に乗る電車に数人まとまってブラジル人らしき集団が乗っていた。最近はその集団がなくなった。集団ではなく乗っていても1人だけという姿をよく見かけるようになった。これもまた例の人員整理のせいなのかどうなのか、伊那市あたり…
「西上」というバス停である。伊那バスの新山循環バスの停留所の一つで、「今でもここまでバスがやってくるのか」と関心させられる。きっと市が補助をして伊那バスに運行してもらっているのだろう。どのくらい1日にやってくるのだろうと調べてみると、9:34と…
完全主義的な視点は、人を必ずしも成長させない。とはいえ楽観的過ぎてもどうなのか、ということになる。子どもを育てるということはそのあたりのバランスということなのだろうが、なかなか上手いようにはいかない。子どものころ親に何を言われて育ったか、…
小学校の前で「おはようございます」と挨拶した男の子が、その後に友だちに「おまえはこんばんわって言うんだろ」と「おはようございます」と言葉を出した後に声を掛けられた。そして背に「こんばんわ」という声を掛けられたが、もちろん返事はしなかった。…
「百姓が野菜を買うなんて恥だ」という話者の言葉に小さな衝撃を受けたという古家晴美氏は「自給と食のイデオロギー」(『日本の民俗4 食と農』2009/1 吉川弘文館)において、「自給」について解く。それほどその自給を事細かに解かなくとも良いとは思うのだ…