2025-12-01から1ヶ月間の記事一覧
人々の雰囲気が「変わった」、そう思わせる1年だった。政治もそうだが、身近な暮らしもそうだった。相も変わらず、それで良いと思うがあまりにも世間の雰囲気が違ってきたから、戸惑っている人たちも多いだろう。もちろん若い人たちは思うままに、「自由」…
ある集落を歩く⑥より ①集落入口 ②石碑(神)群 ③分教場跡と参道 ④下水道とかんがい用水路 ⑤かんがい用水路 ⑥ ⑦ ⑧「川向こう」の水田 ⑨ 松本市市内へ流れ込む川の上流域にやってきた。これより奥に集落はないものの、里から集落が離れているわけではなく、山…
下伊那郡松川町生田部奈 過去に触れているものと思って検索したところ触れていなかったことが解ったので、ここに紹介しておく。このお薬師様は平成27年に刊行した『長野県中南部の石造物』(2015年 長野県民俗の会)にわたしが記した記事があるのでここに引…
中郷の霜月祭り(昭和63年の記憶⑮)より 下伊那郡天竜村中井侍(昭和63年12月28日撮影) 12月28日に天竜村中井侍へ栃餅作りの写真を撮りに訪れた。高校の先輩であり、仕事でもお世話になっていた方にお願いして訪れたもので、その方の家で栃餅を作る日に声を…
ある地域の道祖神数を確認しようとしてウェブ上で検索していたら、その地域の自治体の発信している数値が現れて、かつてわたしたちがまとめて発行した資料と数値が少し異なっていることに気がついた。そこでまとめるにあたり引用した刊行物を借りてきて確認…
ある集落を歩く⑤より ①最も手前の集落の尾根から望む赤石岳 ②①から下っていくとかつては桑畑だったと思われる畑は荒れ果てていた ③それほど昔ではない時代まで住まわれていた家 ④③の家から下っていく道、この向こう側が桃源郷である ⑤桃源郷へ向かう尾根道 ⑥…
木祖村菅「菅村水路新設碑」 国道19号を塩尻から木曽福島に向かい鳥居トンネルを越えると木祖村である。さらに南下すると鷲鳥トンネルがあり、その先の信号「菅」を右折して木曽川を渡ると菅川の谷に入る。木祖村公民館菅分館があるところは「原」という集落…
風三郎の風穴へ③より 風三郎の風穴 ⑵「三郎」について 「風の又三郎」と言えばかつては誰でも知っていた宮沢憲治の小説だ。風三郎とイメージが重なるのだが、小説は全く異なる。山あいの小さな学校に変わった姿の転校生高田三郎が転校してくる。三郎は地元の…
風三郎の風穴へ②より 登って行くと見えてくる沢沿いの全景 木々のためはっきりしないが、写真右手上部に風穴がある ⑴穴の開いた皿と椀について 「from八ヶ岳原人」さんは文献②において風三郎神社の祠の下にあった穴の開いた皿と椀について触れている。その中…
〝扇・真綿・麻〟⑮より 伊那市手良中坪八幡神社 小河内神社までは扇の奉納が盛んに見えたが、天竜川左岸では南隣の長岡へ入るとその数はぐんと減り、そこから伊那市内まで、ほとんど扇の姿を見なくなる。そうしたなか、手良中坪の八幡神社にその姿を確認でき…
箕輪ダムの上流側を東へ渡る橋がある。この道をどんどん進むと松尾峠を経て高遠町藤沢の片倉に至るようだが、わたしは走ったことはない。いつか通ってみたいと思うが、箕輪ダムの水面が見えなくなり、しばらく走ると左側に「記念碑」という白い看板が見えて…
ある集落を歩く④より ①集落下流側を望む ②念仏供養塔、道祖神、庚申 ③馬頭を冠した「馬頭観世音」 ④峠越えの道を下ると集落の中心 ⑤地域の村社、大山祇命を祀る ⑥村社拝殿 ⑦集落全景 ⑧集落上流側耕作地 ⑨ ⑩村社入口に祀られていた馬頭観音 枯葉が掛け布団代…
朝日村西洗馬上組氏神の道祖神 朝日村洗馬上組の公会所近くの道端に写真の道祖神が祀られている。「二十三夜塔」と「庚申」などとともにこの道祖神は並んでいる。道を挟んで北側に小さな川が流れていて、その川からすぐ上で取水した水路が道祖神の前を流れて…
〝扇・真綿・麻〟⑭より 箕輪町木下南宮神社 箕輪町長岡神社 辰野町を終えたので、ふたたび箕輪町、さらには南下していこうと思う。 〝扇・真綿・麻〟③において松島神社に着いて触れた。箕輪町の中心部にある神社だったが、その南側、木下にある飯田線の駅の…
木祖村菅原の道祖神 木祖村菅久保田の道祖神 木祖村菅の原の道端に写真の黒くすすけた双体道祖神が建っていた。『長野県道祖神碑一覧』によると木祖村には16体の道祖神が掲載されている。ほとんどが文字碑であるが、それらの年代を見ると1800年代前半から50…
一昨日注連縄を編んだことを記した。その注連縄の付属物であるオヤスを作った。「伊那谷の伝統的な正月飾り」などと言われるが、伊那谷だけにある飾りではない。例えば日記では今年の正月に記した「塩川原道祖神の屋根葺き替え」、あるいは平成29年に記した…
ある集落を歩く③より ①集落手前の河川沿い水田 ②集落下流側入口 ③軒下の干し柿 ④左の高台に神社 ⑤集落中ほどの神社、御柱が建つ ⑥ここは火の見が目立つ ⑦後ろを振り返る ⑧集落上流側入り口 ⑨耕運機に載せてきたのは管理機 ⑩管理機で田を起こす ⑪ ⑫中段にあっ…
昨日、今日と注連縄を編んだ。注連縄を編むのは初めて。農家の生まれだったのに、注連縄を編むことがなかったのは、跡取りではなかったせいだ。注連縄だから左縄で編む。いわゆる流暢に編むことなどできるはずもない。 副自治会長が自治会館の「注連縄を用意…
昨日触れた風穴まで沢沿いを歩く途中、黒牛沢(手取沢川)の右岸側に写真のような取水口があった。そもそも黒牛沢もそれほど水量は多くないものの、その水を利用して水田を耕作する取水口はいくつもあるのだろう。おそらく最上流の取水口であるということは…
風三郎の風穴へ①より 文献①で「ここの風三郎さまは獅子に追われて黒い牛に乗って逃げて来て風穴にこもったと言い伝え、この里を黒牛といいます」と記したように「風三郎神社」は黒牛集落の上端に祀られているが、伝承の風穴が神社から山の中に入ったところに…
福寿庵跡庚申塔群 安政7年銘「庚申」 伊那市の中心街の段丘上に伊那部宿があった。伊那街道の中間にあった宿場でここから高遠城下を経て甲州街道へ通じる道、また権兵衛峠を経て木曽へ通じる道も分岐していた。その町並みは330メートルほどの直線であり、天…
ある集落を歩く②より ①集落上流側より ② ③ ④ ⑤ ⑥集落の向こう、左側高台が⑧撮影地 ⑦集落下流側より上流の集落を望む ⑧⑦の写真撮影位置東側高台の農地 ⑨集落北側山麓にある歩く程度の道から下流域を望む ⑩⑨から振り返って上流域を望む ⑪集落と集落の間の農地…
八日市場の霜月祭り(昭和63年の記憶⑭)より 中郷の霜月祭(昭和63年12月13日未明) これまで昭和61年、62年と2年に渡り同様に「記憶」を記してきて、遠山の霜月祭は61年に7か所、62年に3か所訪れていた。徐々に訪問箇所数は減ってきたわけであるが、61年…
〝扇・真綿・麻〟⑬より 辰野町宮木諏訪神社 辰野町上辰野三輪神社 辰野町小横川智子神社 辰野町のこれまでに触れたもの以外の神社を捉えてみよう。 比較的〝扇〟によるお宮参りが目立たない辰野町中北部であるが、宮木諏訪神社は比較的大きなお宮で御柱祭も…
市田柿(昭和63年の記憶⑬)より 本日の信濃毎日新聞の1面に、「熱き伝統の祈り」と題した少し控えめな記事が掲載されていた。霜月祭が始まった。もう何年も霜月祭は訪れていない。かつて毎日のように行われていた祭りも、今は実施個所がずいぶん減った。記…
風三郎神社(中川村美里黒牛) これまでにも長い記録の中で「風三郎」あるいは「風三郎神社」について時おり触れていたが、「風三郎神社」を中心に据えて記したものはなかった。あえて言えば、「『伊那路』を読み返して」の中で「風三郎さま」について書いたも…
デジタルの地図がネットではいくらでも見られるようになったが、情報量も多いのに常に残念というか情報がなくて困ることがある。川の名前である。例えばグーグルマップには川の名は主要な河川以外記載されていない。主要な河川が解れば一般的にはOKかもし…
写真の左から2番目のものが双体像 昨日箕輪ダムにある長岡新田の「庚申」塔について触れたが、そこからもう少し進んだところの尾根上に新田神社があり、その北側の広い空間に石仏群があることについて触れた。その中に道祖神が2基あり、1基は双体道祖神で…
箕輪町の天竜川左岸は旧東箕輪村にあたる。箕輪町の中心部より少し北側の天竜川にその左岸より合流する川が沢川であり、中流部に県営箕輪ダムが建設されたのは平成4年だった。工事の着工は昭和55年と言われ、ダム建設に伴いこの沢川中流部にあった集落、長…
〝扇・真綿・麻〟⑫より 辰野町万五郎荒神社 新町から天竜川をはさんだ対岸が万五郎でその東側に小高い山がある。「荒神山」と称されていて町以外の人にもよく知られているが、辰野町にとっての観光地のような場所。その荒神山に「荒神社」という神社がある。…