長野県民俗の会例会が一昨日、上田市丸子で行われた。せっかく上田まで行くのだからと思い。依田窪内での十王を見てみたいと思った。ところがこの地域には十王は少ない。小林大二氏が著された『依田窪の石仏』によると、2箇所しか記載がない。いずれも旧丸子町内であり、その1箇所が塩川にある薬師堂にあるらしいということで立ち寄ってみた。
薬師堂の前両側に大木があって、この季節にはとっておきの木陰を作っている。その木陰に、十王があった。階段を上るとすぐ薬師堂の正面になるが、その前の短い参道の両側に六地蔵が立っている。その六地蔵と並んで十王が座している。ほとんどは参道の右側にあるが、ひとつの石に彫られたおそらく司命司録らしき像のみ左側にある。もちろん年号などはなく、いつ建てられたものかはっきりしないが、江戸時代に違いない。そしてここの十王も伊那谷の傾向のように、安山岩なのである。もちろん伊那谷より安山岩が手に入りやすいエリアではあるが…。


左側六地蔵の奥に「司命・司録」が立つ


司命司録以外の一そろいの十王


どの王にも頭巾と前垂れが掛けられているが、もはや石と一体化している


閻魔王らしき像も、前垂れも頭巾も石に溶け込んでいるが、
外してみると、こんな感じ。

奪衣婆

最初、これが司命・司録と思ったのだが・・・

地蔵の横のこの石は何だ?

司命・司録
野天に雨ざらしながら、大木の傘があるせいか、比較的しっかりしている。頭巾と前垂れは10年以上前に掛けられたものと推測するが、見事に十王と一体化している。よくも散逸せずに野天に残ったものだ。