2009-09-01から1ヶ月間の記事一覧
先の土曜日から3日間、妻の生家の稲刈りをした。5枚ある田んぼのうち最も大きな田んぼを祭典で実家に呼ばれた土曜日に稲刈りをしたが、大きいとはいっても一反歩は下る。大きな畦畔を含めて一反歩ほどだろうか。実家の祭典に行くということから午後もわず…
このところ変質者とまではいかないまでも、異常に女性たちに視線を浴びせる男たちが飯田線界隈に姿を現す。 2週間ほど前のこと、伊那市駅の待合室のベンチに一人の女子高生が座っていた。そこに相対して立っていた男性は、どうみても異常に彼女に視線をおく…
信南交通によるバス路線廃止により、旧阿南線に代わる地域交通がスタートしている。9/29信濃毎日新聞地域版によれば、「市側は当初、南部町村と協同で市中心部まで走らせる案を検討した」が、「市内の停留所数を少なくして市中心部への到着を早めたい町村側…
「小泉改革以降地元の声が通らなくなった」、だから自民党が国民の声を聞かなくなった、という理論はまったくおかしなこと。もし本当にそう思っている自民党員が多いとしたら、もはや自民党に「再生」はないだろう。実は民主党の過激な政策展開は、きっとど…
週間天気予報をうかがうとこれまでの天候とうって変わって、あまり良くない空模様。毎年妻の実家の稲刈りはそんな天候の悪い最中を縫ったようにやっていた。周辺ではいつも最後に稲刈りをする方で、好天が続いていよいよわが家というころになると雨が続いた…
食品の製造年月日表示から消費期限と賞味期限表示に変更されてもう長い。その理由が業界や輸出国への配慮であったというのはその当時耳にしていたものだ。消費者の食品の選択という面では、確かに製造年月日が表示されていると、その食品の保管度合いという…
実家の祭りに行って神社に足を向けると、そこに知った顔がある。暗闇だから必ずしもよくは見えなくても、同級生なら間違いはない。しかし、ふっとすれ違った際にお互いが「久しぶり」と声を掛け合うことはなかった。おそらくとっさに認識したのはわたしだけ…
何度訪れても実家のある地区の祭りは思い入れがある。なにより庭花火が演じられる空間に、観客も傍観者ではなく競いをしている者と同じような意識で立ち会うことになる。こういう花火の祭典はなかなかよそにはない。 飯島町本郷の煙火奉納は明治29年からと場…
今日は年に一度の実家のある地区の秋季祭典である。祭典のことは毎年触れているが、やはり印象深い祭りだから毎年、それなりに日記には記さなくてはならない。ここ最近の祭日の実家への足は電車である。今年も夕方の電車に乗って実家に向かう。昨年は一つ遅…
『生活と自治』9月号(生活クラブ事業連合生活協同組合連合会)の現場の深窓は「〝天国と地獄〃の島」というインパクトの強いものである。「この7月、今世紀最大の皆既日食に沸いた鹿児島県・奄美大島。だが東洋のガラパゴスと謳われるこの島の自然が脅かされ…
シロと車で移動するのは農作業に行く土日のことである。助手席の足元にダンボールごと置かれ、おとなしくそこに寝ているのが今までであったが、最近は移動中ダンボールの縁に足をかけて立っていることが多い。約30分という移動時間、あちこちの様子をうかが…
こういう発言は嫌で仕方ないのに、しょっちゅう訪れるページがある。今日の日記にも言葉のはしはしに嫌な雰囲気がちりばめられていて不愉快なのだが、そういうフレーズは単なる装飾語として意識しなければよいこと。ということで不愉快になっても「なるほど…
「急行乗り換え駅のホーム、狙い目は二両目の優先席付近。座れるかどうか? すべり込んできた列車の車内を凝視、アッ、一人分だけ優先席が空いている。あそこだ! ドアが開き、目標の空席に突進。座れる…と思った瞬間、タッチの差で若い女性がスイと着席。」…
いくぶん潤んだ目に見えた前原国土交通大臣。八ツ場ダム問題で現地を訪れて地元との意見交換に導けずに現実の壁の高さを感じのだろうか。とはいえ「ダム中止」を翻すことはできない。なぜならばマニフェストを連呼している民主党の推進力を低下させるわけに…
モグラに関しては毎年触れている。今年は家周りの草取りが追いつかなくて、今だ一度も草取りをしていないような場所が残っている。昨日も今年初めての草取りをした生垣の下、みごとにモグラの通り道が廻らされていた。このところ雨が降らなかったということ…
昨日に引き続き我が家の農業から農業政策に展開してみよう。 昨日は草刈、今日は草取り、いずれも生産には結びつかない。民主党政権とともに将来が危ぶまれるわが社はこのところ忙しさが増している。その理由はいわゆる自民党政権下において実行された経済対…
辰野町議会9月定例会において、不況によって教育費が家計を圧迫しているから「鍵盤ハーモニカや算数セットなど学習用品を学校備品にそろえては」という議員の意見あったという。町長は応酬してその意見に「ああいえばこういう」という具合に丁々発止だった…
敬老の日、梅雨明けのころに刈った大きな土手を、今年3回目になるのだろうか、草刈をした。何度も言うとおり、妻の実家の農業は自家の者だけでは進まない。妻の毎日の作業と、わたしの休日の作業が加わって成している。この場合、妻がいわゆる世間では専業…
「地方」「地方」と訴える西村氏、「消費税を上げる」という谷垣氏、「党を再生できなければ、何らかのことを考えるのは将来あり得る」という河野氏、いずれにしても自民党の再生は多難と言わざるを得ない。河野氏が言うように「あいつの推薦人になるな」と…
久しぶりに仕事で旧長谷村を訪れた。眼下に美和ダムを望む山裾まで上ると、高遠の勝間の集落と水田地帯が望める。何度かそこから美和ダムを望んだことがあったはずなのに、勝間の方まで意識的に目をやったことが今までなかった。ふとわたしの周囲をブーンと…
わたしも地域から外に出ることが珍しくなったが、妻も同様で、先ごろ母の実家まで母を送っていったのは久しぶりの郡外行動だったようである。帰宅後の話題は母のこと、そして実家でのことであったが、そうでない話題で初めて出たのは「今ソバの花が綺麗だね…
伊那市駅には「駅猫」がいる。以前にもこの駅猫のことについては触れたことがあるが、その際にうつし出されている駅猫と今回の駅猫は同一ではない。ということでこの駅には複数の猫が姿を現す。そのつど意識しているわけではないので何匹いるのか定かではな…
正式になった大臣たちの口から「マニフェストの通り実行する」という言葉が相次ぐ。「本気にやるのか」という不安があったなか、実際に行動するとばかりの強い意思が表され、まさにマニフェスト内閣と命名できるほどのこだわりを示している。どれほど国民の…
わたしたちの仕事の世界ではごく当たり前に語られることの一つに「道を造ったら人は出て行った」というものがある。歩くほどの道しかなかった山の中の一軒家や数軒の家に向けて道を開けた時代があった。長野県においてのその最後の時代にわたしも関わった。…
「長野日報」の八面観からひとつ。9/16版ではこの日発足した鳩山内閣について期待を込めて触れている。わたしも感じたことであるが、圧勝以後メディアでは不安もある新内閣への疑問よりも「自民党の大敗を得意げに語る場面が幅を利かせ、勝者へのご祝儀のよ…
歴史的政権交代の日の大臣記者会見。日が変わったころの会見ということもあって、たくさんいる大臣の記者会見が延々と続きそうでいつ終わるのだろうという雰囲気があるなか、会見場では、記者たちがテーブルにノートパソコンを置き意外や大臣の声よりもパソ…
わたしはけして暑がりな方ではない。寒がりでもなく、どちらかというと変温動物に近いかもしれない。年老いてくるとその変動に適応できずに若いころのようにはいかないものであるが、それでも身体をあまり動かしていない分、体調管理には気を使っている方だ…
わたしがそっとのぞいているページに「どんぐりの背比べ」というものがある。とても精神的につらいようで頻繁には更新されないが、時おり綴られる文に“はっ”とさせられることが多い。「生きづらさから抜け出す」ではわたしも視聴していたNHK特報首都圏の『“…
ヤフーのブログには訪問者履歴が表示される。たとえばここに訪問した人のページを追い、またその訪問者を追っていくと、意外とつながっていくひとつのキーワードが現れたりする。また、自らのページに誰がやってきたのだろうと常に確認していると、必ずやっ…
ふだんは気にも留めない窓の曇りが気になってしかたない。特別に意識しているのは何なのだろうと思う以前に、そこにはただぼんやりした自分がいるものだ。ぼんやりしているからどこか曇りが気になる。意識的に物を注視していても気がつかないことが、意識的…